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アートは技能、コマーシャリズム、そしてコンピュータからも生まれる
「芸術は私たちに真実を認識させるうそである」――。これはピカソの言葉です。これが正しければ、ドイツではハンブルクの「市立美術館(Kunsthalle)」からミュンヘンの「アルテ・ピナコテーク(Alte Pinakothek)」、またベルリンの「絵画館(Gemäldegalerie)」からケルンの「ルートヴィヒ美術館(Museum Ludwig)」に至るまで、多くのうそがつかれていることになります。昔の巨匠と若い一匹狼の作品が、世界的に有名なドイツの美術館の数々に、上手に調和させて収められています。しかし、美術作品が枠にはまらない場合は、当然オルタナティブなアートシーンが生まれます。少なくとも、ヨーゼフ・ボイスがフェルトとバターと斧(おの)でプチブル的美術観を排除して以来、アートはドイツ風の居心地の良さを感じさせるものではなくなりました。「人間は皆、芸術家だ」――。デュッセルドルフの美術アカデミーの教授だったつむじ曲がりのアーティスト、ボイスはこう記し、きれいに整髪した芸術愛好家たちのピカピカに磨かれた靴を、言葉によってことごとく踏みにじったのです。
バスタブと旧帝国議会
ボイスが言い忘れたことは、誰もがバターを塗り付けたバスタブで巨額を得られるわけではないということです。しかし、いずれにしてもアートはコマーシャリズムからも生まれます。ドイツの美術市場は巨大で、経済不況にもかかわらず、絵画、写真、彫刻、グラフィックアートなどのオークションでは作品が記録的な価格で競り落とされたことが伝えられています。アートは商業によって生まれますが、今もなおアーティストの技能からも生まれています。でも、どうしたらアートに親しむことができるでしょう? 作品につまずかないように、目をしっかり開けばいいのでしょうか。駅や広場に置かれた彫刻、銀行に飾られた絵画、中庭に展示されたインスタレーション、民家の壁に描かれたグラフィティアート(「落書き」とも言える)、それにインターネット上のウェブアートなど、アートはさまざまな所で見られます。ドイツでは、アートは公共の場をとっくに征服しています。ちなみに1995年夏には、公共建築の中でも非常に重要な建物が梱包されました。この時は、ジャンヌ=クロードとクリストが包んだ旧帝国議会議事堂を見に、世界中から5百万以上の人々がベルリンを訪れました。
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